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痛風男の備忘録
怪異譚に憑りつかれた、或る男の半生を綴ります。
引き籠っていた頃の話。


或る真冬の夜。

就寝中の私は、
異様な気配で目が醒めた。

掛け布団の上で、
何かが蠢いている。


気になって目を遣ると、
無数の虫達が、
其処を覆いつくして居た。

見た事も無い彼等は、
羽音を響かせ、
私の周りを取り囲んで居た。

一匹を捕まえ潰してみると、
『プチッ』という鈍い音と共に、
虫の死骸は強烈な異臭を放った。


気持ち悪かったので、
思い切って布団を剥ぐと、
あれだけ居た虫達は、
嘘の様に姿を消した。

慌てて起きた私だったが、
其処には既に何も存在せず、
ただ強烈な異臭だけが漂い、

ナツメ球に照らされた薄暗い空間が、
私を包み込むのであった。


そんな体験が幾度か遭った。
蟲は魂の化身と聞いた事がある。

何か私に伝えたい事でも
有ったのであろうか?

全てが謎の儘、
年月だけが過ぎ去り、
未だに腑に落ちない
体験なのであった。
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小川未明の童話
皆さんは『小川未明』と言う作家を
御存知だろうか?
詳しくは此方→『小川未明


子供の頃、よく寝しなに
父が私に彼の短編集を
読み聞かせてくれたのを憶えている。

何度も聞いていると、
何処か薄気味悪い雰囲気が漂い、

怖くて中々寝付けなかったのを
今でも鮮明に憶えている。


父の朗読が良かったのか?
『霊道』である部屋の仕業なのか?

特定された作品と言うより、
短編集全体が醸し出す
あの独特の世界観が好きだった。


父の死後、
一度は手放してしまった短編集だが、
この歳になっって改めて買い戻した。

相変わらず何処かダークな面が感じられ、
下手な怪奇小説を読むより、
余程不気味な内容となっている。


私の怪異譚のバックボーンになっている、
作品の一つである事は間違い無い。

また近々、読み返してみようと思う。
数珠
某霊能者と付き合いがあった頃の話。


彼女は御守として、
私に緑石の数珠を持たせた。

果たして何の効果が有ったのか?

私には理解不能だったが、
或る時その意味を知る事になる。


霊気の強い場所に行くと、
その数珠は突然バラバラになった。

決して結ぶ糸が劣化していた訳では無い。

比較的新品の物であっても、
霊気の強さによって、
数珠はいとも簡単に崩れ去った。


始めは手首にはめていたのだが、

余りに壊れる率が高かったので、
何時しか私は数珠を布で包んで
持ち歩くようになった。


想い返すと、あの数珠の御蔭で、
数々の危機を乗り越えて来られた、
そんな気がする。

特に邪悪な霊気に対して、
それは非常に敏感に反応していた。

謂わば私の“身代わり”的な
役割を果たしていたと思う。


時は過ぎ、
今は数珠をはめていないが、
少々不安に想う事が在る。

久し振りに所持してみようかと、
現在それを探している最中である。

怪異譚を綴ると言う事は、
それだけリスクを伴うのである。


本来、何にも頼らないのがベストであるが、

危機的状況を乗り越える為に、
必要最低限の備えを整えておく事も、
大切ではないかと考えている、
今日この頃である。
誕生日
私の誕生日は、
1974(昭和49)年9月23日である。

或る占いに拠れば、
今年は
『色々な事に積極的に取り組む年』
だそうだ。


御蔭様で、5つのBANDに参加したり、
精神障害者の当事者代表として、
様々な会議に参加させて頂いたり、

それなりに活発な日々を過ごしている。


勿論このブログも、
その活動の一つに入るだろう。

当初は、その手の類の話は
“卒業”したつもりだったのだが、

創めてみると、
是が結構面白いので驚いている。


『霊感』は自らコントロール出来る、
と以前書いたと思うが、

正にその通りで、
最近そちら方面に対して、
敏感に反応している自分が居る。


『もう出尽くした』と思っても、
絶妙なタイミングで
過去の記憶が蘇ったり、
周辺で怪異な事が起こったり・・・。

以前程の勢いは無いが、
淡々と出来事を綴るのみである。


そろそろ45歳を迎えるにあたり、
残された日々も積極的に過ごそう、
そう決意した44歳の私なのであった。
京都に伝わる二つの狂言
久々にこのカテゴリ
書いてみたいと思う。


秋になると想い出すのが、
京都に伝わる二つの狂言である。

壬生寺 壬生狂言
清涼寺 嵯峨大念仏狂言


双方共に、台詞や謡は無く、
鉦と囃子方の演奏に合わせて演じる
『無言劇』の態をとっている。

更に特徴的なのは、双方共に
未だに各寺に帰属している点が挙げられる。

この二つの共通点から見ても、
これらの芸能が古態を残しつつ
受け継がれているのが窺える。


私は過去に何度か
この二つの狂言を現地で鑑賞した事があるが、

非常に印象的だったのは、
芸能が確かに其々の土地に
密着している点である。

多少は観光化しているであろうが、

古来から受け継がれた『芸』を
寺と地元民とが協力して、
現代に具現化しているのが、

微笑ましさすら感じさせてくれる、
そんな舞台であった。


私が鑑賞した演目の中で、
特に印象的だったのは、

壬生狂言 『節分』
※参考 『追儺会』
嵯峨大念仏狂言 『土蜘蛛』
※参考 『能楽 土蜘蛛』

の二つである。


普段中央の伝統芸能ばかり観ていると、
忘れかけてしまいがちな、

(作品に対して)
純粋な視点を想い出させてくれる、
そんな不思議な感覚に襲われる、

京都の風物詩なのであった。


皆さんも、
もし秋に京都を訪れる機会があれば、
(無料なので)我が国の古態の芸能に
触れてみては如何であろうか?
訪問者
引き籠りから脱出した頃だから、
35〜40歳の時の話。


白昼、実家の二階で
ネット三昧の暮らしを送っていた私。

『トントン』
ふと一階の玄関のドアを叩く音が聞こえた。

一階には妹が住んでいたので、
そのうち応答するだろうと、
私はネットに熱中していた。


『トントン』
また玄関のドアを叩く音が聞こえた。

妹は寝ているのだろうか?と思ったっが、
そのうち気付いて起きるだろうと、
私は引き続きネットに没頭した。


『ドンドンドン!』
強めに誰かが玄関のドアを叩いた。

誰も気付かない様なので、
渋々私は玄関に向かった。

『何方様ですか?』
と尋ねながらドアを開けると、
其処には誰も居なかった。


妹は起きており、
『今誰かが訪ねて来なかったか?』
と問うと、

『誰も来ていない』
との答えだった。


私は確かにドアを叩く音を聞いたし、
夢でも幻でも無いのは確かだった。

然し実際、
家を訪ねた人は誰も居なかった。

腑に落ちない私は、
悶々とした中、再びネットに没頭したが、
ふと想い出した事があった。


亡き父がそんな体験をしていた。

誰かが亡くなったのか?と
少々警戒していた私だったが、
特に訃報は私の許には届かなかった。


その後、同じ様な事が度々在ったが、
周辺に不幸が起きた事は無かった。

『騒霊』とでも言えば良いだろうか?
霊感を持つ人だけに訪れる、
奇妙な出来事だったと思う。
金縛り
私は余り
金縛りに遭った経験は少ないのだが、
それでも他人よりは(経験数は)
多いと思う。


特徴的なのは、金縛りに遭うと、
大体足元に人が立っている事である。

大凡見覚えの無い『浮遊霊』だが、
中にはよく知っている人が立つ事もある。


一番印象に残っている出来事。

その夜も目覚めると、
既に身体は金縛りに遭っていた。

目だけは動かせたので、
自分の足元を見ると、
其処には一人の『日本兵』が
立っていた。


不思議と邪気は感じなかったので、
そのまま私は彼を見つめていた。

何処か見覚えのある『日本兵』。
やがて彼が私の祖父であると気付いた。


祖父は何を伝える訳でも無く、
ただ只管私の足元に立ち尽くしていた。

暫くすると彼は何処か安堵の表情を浮かべ、
再び暗闇へと消えて逝った。


祖父は一体私に何を伝えたかったのであろう。

全ては謎だが、孫の元気な姿を見て、
満足したのかもしれない。


後にも先にも、祖父が現れたのは
それっきりだったが、

それより御先祖様を
大切にするようになったのは、
言うまでも無い。


私は何処かで“守られている”。
そう感じずにはいられない
深夜の出来事であった。