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痛風男の備忘録
怪異譚に憑りつかれた、或る男の半生を綴ります。
続 よくある話
我が家では、
幾つか禁忌事項があったのだが、
その内の一つ。


新品の外履きを卸す際は、
家の中から履いてはいけない。
そんな迷信(?)があった。

それは亡くなった人がやる事で、
生きている人が家の中から
新品の靴を履いて出ると、
確実に死に至るという事だった。


実際、過去にその禁忌を冒した先人が、
その後亡くなった事例があったらしい。

だから我が家では、
それは固く禁じられていた。


父の仮通夜の際、
私はそれを想い出し妙に納得した。

確かに亡くなった父は、
家の中で新品の足袋を履いていた。


『迷信』で片付けるのは簡単だが、
先祖代々受け継がれて来た慣習である。

それを嘲笑うのでは無く、
真摯に受け止める事も大切だと、
若かりし頃の私は肝に銘じたのであった。
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いよいよ・・・。
世間的にはまだ梅雨時だが、

これからの季節、
いよいよ『怪異譚』の
シーズン到来であろう。


このブログも御蔭様で、
多くの人達に読まれているようで、
感謝感激雨霰と言ったところ。

私も『霊感モード』全開で、
不可思議な世界に浸っている。


流石にもう『ネタ切れか?』
と思っていたが、
意外と身の回りに
『怪異の世界』は広がっていた。

暫く怪異から離れていた私だが、
再びその世界に足を踏み入れて、
スリリングな日常を過ごしている。

残念ながら稲川氏のライブには
行けなくなってしまったが、
それなりに怪異を味わえる日々に
(個人的に)満足している。


(怪異に対する)
アンテナを張って無かっただけで、
いざそこに焦点を合わせると、
意外な程、日常は怪異に溢れていた。

些細な事も文字に起こすと、
それなりに愉しめる事も解って来た。


これからも
マイペースで更新していくので、
読者の皆様もお付き合いの程、
宜しくお願いする次第。
『オカルト談義』 其之二
一昨日の話。

障害者関連の会議に、
普段お世話になっている
T氏と共に出席した。

会議が終わり、
彼とサシ呑みとなった。

其処で自然な流れで、
このブログの話になった。


T氏は此処を見てくれたらしく、
印象に残っている記事の話になった。

彼は特に『秘密基地』に
興味関心があるようだった。

詳しい内容は忘れてしまったが、
彼はその世界の虜になっているようだった。

あの記事は私的にも思い入れがあるので、
T氏との話も必然的に盛り上がった。

その他にも超能力関連の話や、
先祖代々からの話等、
話が尽きる事は無かった。


今度お互い都合が良い時に、
記事の舞台となった場所を、
二人で訪れてみる約束をして、
サシ呑みはお開きとなった。

T氏自身は霊感体質では無いようで、
私の不思議な力に
興味関心があるようだった。


丁度これから“季節”なので、
偶には『スポット巡り』も良いかも、
と思う私であった。
『オカルト談義』 其之三
昨日、中学時代の同期K村氏と呑んだ。

彼も怪異譚を好むので、
話は自然とそちらへ向いた。


彼の話で興味深かったのは、
沖縄地方の怪異譚であった。

特に『ユタ』の話題は、
中々面白いものがあった。


『ユタ』は
所謂シャーマニズムに基づくもので、
東北地方の『イタコ』とも通ずるものがある。

幼い内からその能力に闌けた女子は、
師匠の許で修行を積んで、
やがて独り立ちする訳だが、
その境遇は決して良好とは言えなかった。


今でこそ口寄せ巫女は、
一つの民俗文化として確立しているが、
その歴史は波乱万丈だったと聞いている。

特に沖縄や東北では、
“穢れ”に対する差別が顕著で、
『ユタ』や『イタコ』は、
裏社会の象徴のような位置付けだった。


これだけ科学文明が進んだ現代でも、
その様な文化が生き残っているのは、
常識では解明出来ない事柄が、
事実として存在する事を意味する。

私も一度診て貰いたい気もするが、
互いの“霊感”が引き合って、
大変な事態に為り兼ねないので、
敬遠している状況である。


K村氏から聴いた話を肴に酒が進んだが、

それは裏社会に足を踏み入れる事になるので、
自重したいと思いつつ、
愉しいひと時を過ごした訳である。
生首
何時の頃か忘れた。


夜中ふと目が覚めた私は、
意識だけ覚醒した状態で、
目を閉じたまま様子を窺った。

暫くすると、
『ハァ〜〜ッ』
何者かが息を吹きかけて来た。


同時に私は金縛りに遭った。
身体が不自由なまま、
只管相手の出方を窺った。

次の瞬間、
顔面に“何か”が触れた。


その感触からして、
人間の髪の毛と解った。

それは私の顔面を覆った。


『ハァ〜〜ッ』
相手の息と共に髪の毛が揺れた。

遂に耐えられなくなった私は、
思わず目を開けてしまった。


其処には
女の生首が宙に浮いていて、
私に向かい息を吹きかけていた。

『ハァ〜〜ッ』
振り乱れる長髪と、
剝き目の女の表情に、
私は一瞬狼狽えたが、


『消え去れ!』
心の中で叫んだ所、
生首は闇の中へ消えていった。

(当時)恐れる事は何も無かった。
異物に屈する程、私は柔ではない。


静寂が戻り、
私は再び眠りに就いた。

若い頃のちょっとした体験である。
屠殺場
その昔、祖母から聞いた話。


行徳橋南詰近辺には、
屠殺場が在ったそうだ。

近所を通る度、
家畜達の断末魔の叫びが聞こえて、
祖母は其処を通るのが苦手だったらしい。


時代は変わり、
都市開発の波が訪れ、
やがて屠殺場も閉鎖された。

然しその跡地の近辺を通ると、
偶に家畜達の断末魔の叫びが、
聞こえて来る事が度々あったらしい。


成仏出来ていない家畜達の霊が、
その辺りを彷徨っていた、
とでも言うのだろうか?

私の記憶が正しければ、
屠殺場の跡地には、
何の建物も存在していなかったと思う。

恐らく
きちんと供養していないのではないか?


動物霊は取り扱いが厄介である。
懇ろに弔ってやらないと、
後々面倒な事になりかねない。

今は屠殺場が在った形跡も無いが、
祖母は其処を通るのが苦手だった。


近辺を通る度、
祖母は当時の話をしてくれた。

怪異譚で最も恐ろしいのは、
話自体が風化してしまう事である。

このブログに記す事で、
多くの人達の記憶に留まればと思い、
筆を取った次第。
親父の体験談
親父は霊的なものに関しては、
否定的な見解の立場だった。

気象庁に勤務していて、
もろ理系の人だったので、
当然と言えば当然である。

然し話を聞いていると、
それなりの体験をしているようだった。


或る時、
旧江戸川の堤防で休憩していた時、
親父は一人の釣り人を見かけた。

ちょっと視線を逸らした途端、
件の釣り人は忽然と姿を消したらしい。

親父は、
『あれは幽霊だったと思う』
と淡々と語っていた。


また或る時、親父は下着のまま、
自宅の二階にある物干し台で、
読書に耽っていた。

すると突然、
彼は慌てた様子で玄関に向かった。

親父の話に拠ると、
誰かが玄関のドアを
激しく叩いていたそうだ。

然し現実には、
其処には誰も居らず、
彼は不思議そうに
また二階の物干し台へと戻った。

それとほぼ同時に自宅の電話が鳴り、
出てみると親父の旧友が、
今し方亡くなったとの連絡だった。


霊には否定的な人だったが、
能々話を聞いてみると、
意外とそれなりの体験を
しているようだった。

親父は亡くなった後、
よく私の夢に登場する。

生前伝え切れなかった事柄を、
如何やら私に言いたいらしい。


理系の親父を持ってしても、
怪異な世界は否定出来なかった、
とでも言うのだろうか・・・。
虫の知らせ
亡き母がまだ若かりし頃の話。


母は華道を習っていた。
その時、一度だけ
不思議な出来事があったと言う。


母が活けた作品の中で、
突然一輪の菊の花だけが、

まるで鋏を使ったかのように、
綺麗に切り落とされたそうだ。


誰も手を付けていない状況で、
一輪の花だけが自然と落ちたらしい。

その場に居合わせた人達は、
当然ながら皆気味悪がった。


『何かの前触れかもしれない』
自然と誰かが呟いたそうだ。

その直後電話が鳴った。

入院していた御師匠さんが、
今し方亡くなったとの一報だった。


『虫の知らせですね』
誰言うともなく皆納得したそうだ。

後にも先にも、
そんな出来事は一度だけだった。


亡き母は、
実家で不思議な現象が起きると、
度々この話をしてくれたので、
私は今でもよく憶えている。
幽霊の日
先程知ったのだが、
今日7月26日は、
『幽霊の日』なのだそうだ。

詳しくはこちら→『幽霊の日


四谷怪談』に纏わる霊障に関しては、
未だに色々な体験談が寄せられている。

最も有名な話として、
この芝居を上演するにあたり、
必ず『お岩稲荷』に参拝しないと、
何かしらの霊障に見舞われる、
というのがある。

単なる迷信と片付けると、
えらい目に遭うらしい。
だから未だにこの話を上演する際は、
演者は必ず『お岩稲荷』に
参拝するのが恒例となっている。


個人的に印象に残っている話として、
東京メトロ丸ノ内線の運転手が、
四谷駅付近のトンネル内で、
白い着物姿で長髪の女性を目撃して、
慌ててブレーキを掛けたという
体験談があった。


お岩様の怨念は、
現代社会の中でも、
確かに生き続けている。

『幽霊の日』を迎えるにあたり、
古人が芝居に籠めた怪異譚に、
想いを馳せるのもオツかもしれない。
私の生誕に纏わる話
私が産まれる際に、
不可思議な出来事があったので、
此処に紹介したいと思う。


母は或る時、
動物園の夢を見たと言う。

飼育員が虎の子を抱いてきて、
母に抱かせようとしたそうだ。

(夢の中で)
母は一頭の虎の子を抱いた。

飼育員は二頭目も勧めたが、
母は一頭の虎の子だけを抱いた。

それから暫くして、
母の懐妊が明らかになった。

因みに私は寅年生まれである。


私が産まれる3日前、
父方の祖父が亡くなっている。

親戚一同、
私は祖父の“生まれ変わり”だと、
騒いだそうだ。

当然、私は祖父がどの様な人物か
知らない。

然し周囲は、
私に祖父の面影を見出していたそうだ。


世間では偶に、
『予知夢』とか『生まれ変わり』とか、
言う事があるが、

この話を聞いていると、
そういう事は確かに在るのだと、
思わずにいられない。

以上、私の生誕に関する、
奇妙な話であった。