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痛風男の備忘録
怪異譚に憑りつかれた、或る男の半生を綴ります。
壁女
いつの頃だったろうか・・・。


或る夜、ふと目を覚ますと、
既に金縛りの状態にあった。

何とか頭部だけは動かせたので、
私は周囲を見渡した。


丁度足元の壁に目がいった時、
其処に幽かな染みを見つけた。

暫く見ていると、
染みを中心に徐々に壁が、
ひび割れて来るのが解った。

その僅かな隙間から、
一人の女が顔を表した。


女は盲目で長髪、
白い着物を着ていた。

壁に出来た亀裂は徐々に拡大して、
女は上半身が抜けた所で、
その動きを止めた。


『ラァ〜ララァ〜ラァ〜』
女は突然唄い出した。

それは何処か懐かしく、
子守唄のようでもあった。


髪を振り乱し、
女は壁から抜け出そうとしていた。

然し彼女にとって、
此方へ来る事は至難の業らしく、

上半身を激しく左右に振りながら、
只管唄を唄い続けるのであった。


その唄には何か、
呪術的な要素でもあったのであろうか?

私は其処で意識が途切れた。


後日。
如何やら壁から抜け出す事に成功した、
彼女の姿を時々実家で見かけた。

何が目的なのか?
未だに解らず仕舞いであるが、

暫くすると、
彼女は忽然とその姿を消した。
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祖父の想い出
私が中学生の頃。


実家の台所にある棚に、
男の顔が浮かび上がる、
そんな事があった。

当時霊感の強かった
私以外の家族も、
それを目撃していた。


その男には見覚えがあった。
仏壇に祀られた一枚の写真、
戦時中に亡くなった祖父である。


気になってその棚を開けて、
中を調べてみると、

その奥から、
祖父の遺品が大量に出て来た。


遺品を供養すると、
棚に出ていた顔は姿を消し、

我が家に、
再び平穏な日常が戻ったのであった。
霊感体質
今でこそ症状は落ち着いているが、
十代、二十代の頃は、
所謂“霊感男子”だった。

霊障の記事でも少し触れたが、
その症状は深刻だった。

憑依されなくても、
霊の気配は感じる事が出来た。


体に異変が起きるのである。
腕をきつく握られる感触が起きる。

基本的に『右は女、左は男』となる。


実は症状が落ち着いている今現在も、
時々上記の様な感触を得る事がある。

腕に来なくても、
異様な気配を感じたり・・・

特にこのブログを始めてから、
その様な事が増えている気がする。


ただ霊感というのは、
TVのチャンネルを合わせるのと一緒で、
こちら側で
幾らでもコントロールが可能なので、

見たく無ければ、
チューニングを合わせなければ
良いだけの事なのである。


最近、
ちょっとブログのネタになるかしら?と思い、
焦点を其処に当てたがっている自分が居るが、

もう若い頃に体験した事だけで、
お腹いっぱいなので、
その辺は自重したいとも思う今日この頃。


そう言いながら、
まだまだ続く怪異譚。

何が起きるかは予測不能である。
義経?
ちょっとした小噺。


何時の事だったろうか・・・

夜中に風に乗って、
幽かに笛の音が聞こえて来る、
そんな時期があった。


それは家族の中でも、
聞こえる人とそうでない人に分かれた。

祖母とお茶を飲みながら、
『何だろね?』
と不思議に思うのであった。


『ピィ〜ヒャララ〜ピィ〜』
風が吹くと、
何処からともなく笛の音が聞こえる。

こんな夜中に、
笛の練習をする人も居ないだろうし、

況してや、
その音が聞こえる人とそうでない人
が居ると言う事は、

これも一つの怪異譚なのかもしれない。
続・怪異譚に関する私見
スルメの様な怪異譚を書きたい。
常にそう思い、
このブログを更新している。

サラッと読めるのだけど、
後からジワジワと怖さが来るような。

余り込み入った噺にしないのも、
そういう想いがあるからである。


私が今まで読んできた怪談本も、
そういう要素を含んだ物が多く、

それらに
影響を受けているのかもしれない。


余りクドイ噺だと、
読み手に負担になるだろうし、

前回も書いた通り、
軽い気持ちで楽しんで頂けたら
と思っている。


御蔭様で、
このブログも順調に進んでいる(と思う)。

怪談と言えば、
一般的にその季節は夏だが、

寒い時期に読むと言うのも、
これまたオツではないだろうか?


次回更新もお楽しみに・・・
追儺会
世間一般的に、
今日は『節分』の日である。

然し是は陰陽道での呼び名であり、
仏教的には『追儺会(ついなえ)』
が正式な名称である。


『儺』という言葉は、
遥か昔大陸から伝わって来た。

元々の意味は『霊魂』である。
それが時代の変遷と共に、
何時しか『悪霊・怨霊』の意味で
使われるようになった。

そして最終的に
『鬼』を指す単語となった訳である。


『追儺会』は本来、
年末12月31日大晦日に行われていた。
一年の穢れを落とし、
無事に新年を迎える為の行事だった。

それが(寺社の都合もあってか)
何時の間にか、旧正月の2月に
移行して現在に至る。


此処で、私が今迄に観た『追儺会』で、
特に印象深いものを紹介したいと思う。


京都の吉田神社の『追儺会』。

数匹の鬼が登場して、
これを方相氏という呪術師が、
呪文を唱え鬼を退散させる。

その際、
方相氏は鳥居に向かい弓を射る。
その行為に何の意味があったかは、
残念ながら覚えていない。

ただ呪術師の呪文により、
鬼を退散させる寸劇は、
非常に興味深かったのを覚えている。


奈良の長谷寺の『だだ押し』

その名称については諸説あるようだが、
未だに詳しい事は解っていない。

この行事でも数匹の鬼が登場し、
御堂の周囲を練り歩く。

やがて鬼達は堂内に侵入するが、
僧侶の唱える経文に耐えかね、
その姿を消す。そんな寸劇である。


『だだ押し』は古来の姿を留めており、

猿楽(現・能楽)の演者達が、
まだ寺社に帰属していた頃、
この様な行事での鬼役を、僧侶に代わって
猿楽の演者達が務めていた。

そんな記録が残っている事などから、
私が思うに『だだ押し』は、
その原型を現代に伝えている気がしてならない。


以上、私の印象に残っている
『追儺会』を紹介させて頂いた。

因みに『鬼は外、福は内』と唱えながら
豆を撒く風習は、室町時代以降に始まった
と言われている。

年に一度の『節分』(正確には一度ではないが)。
恵方巻を食べるのも良いが、
古人から受け継がれた伝統に、
想いを馳せるのも良いのではなかろうか?
幼い頃の記憶 其之三
小学生の頃。

まだ妙典駅は出来ておらず、
辺り一面は蓮畑が広がっていた。

そんな中、一際異彩を放っていた
小さな神社があった。

誰も寄り付かず、何時しか其処は、
近所の心霊スポットとなっていた。


或る時、友人の一人が、
其処へ行こうと言い出した。

誰も止める奴はいなかったので、
ちょっとした冒険が始まった。


神社と言っても鳥居等は無く、
こんもりとした丘に
龍神様が祀られている、
極めて質素な社であった。

確か訪れたのは夏だった筈だが、
境内は異様な雰囲気に包まれ、
兎に角寒かったのを覚えている。


裏側に廻ると、
水溜り程の小さな池があった。

見ると其処には、
漆黒に包まれた大きな穴があった。

『何だろう?』と皆で覗き込むと、
『にょきっ!』と突然穴の中から、
蒼白い腕が現れた。

呆気に取られていると、
蒼白い腕は、
再び穴の中へと消え去った。

皆、此処に居ては不味いと悟ったのか?
其処で小さな冒険は終了した。


時は過ぎ・・・

大人になった私は、興味本位で
すっかり開拓された現地を訪れた。

意外にも、その神社は健在だった。

あれ程鳴り物入りで
開発が進んだにも拘わらず、
其処だけが相変わらず、
異様な雰囲気に包まれていた。

一体その神社に何があるのか?
都市開発の波も押し退け、
居座り続ける『龍神様』とは一体?

謎が深まる中、現在に至る。
幼い頃の記憶 其之四
これまた小学生の頃の話。

毎年夏になると、父親の田舎
旭市に家族で帰省していた。

或る年の夜・・・


ふと目を覚ますと、
玄関に多数の人の気配を感じた。

その中の一人がこう言った。
『映画を撮らせて下さい』

私は訳も解らぬまま、
『あぁ、どうぞ・・・』
と曖昧な返事をするしか無かった。


すると、突然大人数の人が、
土足のまま家の中に入って来た。

呆気に取られていると、
人々は次々と隣室へと向かい、
やがて其処にあった仏壇へと、
吸い込まれていった。

私は再び眠りに就いた。


翌日。

あれだけど派手に動き回ったのだから、
大層布団も汚れただろうと見渡してみると、

其処には足跡の一つも残っておらず、
ただ一人、
納得出来ない私が居るだけだった。
幼馴染
人間の脳には、
記憶を封印する能力があるらしい。

(本人にとって)
日常生活に支障をきたす程、
衝撃的な出来事は、
記憶の奥深く鎮めてしまうそうだ。

ただそれは時として、
フラッシュバックする事もあると言う。


10代から20代にかけて、
全く同じ体験をする事があった。


夜ふと目を覚ますと、
周囲が異様な圧力に包まれていた。

よく見ると其処には、
大きな岩石が一つの流れに沿って、
移動しているのであった。

奇妙な音と圧倒的な力で、
岩石は私を取り囲み、流れて行った。


暫くすると、その石流の間に
幽かな隙間が出来た。

その空間は徐々に広がり、
其処に一つの風景を描き出した。


実家に近いバス停と、
其処に佇む一人の少女。

彼女は、
白いブラウスにスカートの出で立ちで、
片手に赤い風船を持っていた。

此方に何かを伝えたいらしいが、
岩石の轟きに遮られ、
その声は上手く聞き取れなかった。


再び視界は多数の岩石に覆われ、
少女はその隙間に消えていった。


名前は忘れてしまったが、
少女の顔には見覚えがあった。
幼い頃一緒に遊んだ記憶がある。

然し何時だったか?
彼女は件のバス停の前で、
車に轢かれ命を落としてしまった。


当時、私は通夜にも告別式にも
呼ばれなかった。
否、正確には
親が連れて行かなかったのである。

(後に聞いたところに拠ると)
その死に顔は“見るに堪えない”
ものだったらしい。


その後、地元の町内会は、
事故現場で『悪魔祓い』を行った。
憤怒した少女の家族は、
抗議の意も含め、町を後にした。

以来、私は度々、
上記の様な体験をするようになった。

本来なら、
墓参りの一つでもしたい処だが、
少女の家族と音信不通の為、
未だに叶わぬ夢となっている。


或る出来事をきっかけに、
思わぬ記憶が蘇ってしまう。
そんな体験談である。
気付かぬ男
中学時代の話。

当時、まだ海浜幕張駅周辺は、
野晒しの大地が広がっていた。

辛うじて数件、
ビルの建設現場があるくらいだった。


或る時、下校時間を過ぎ、
慌てて駅へ向かっていた時、
前方から足音がした。

当然誰かが此方へ向かって来るだろう、
と思っていたが、
いっこうにその姿が見えない。

『コツ・・・コツ・・・コツ・・・』
足音だけが、
此方へ向け近づいて来る。

気付けば、
その足音は私を超えて、
遥か後方へと消えて行った。

そんな体験が暫く続いた。


或る時・・・

また例の足音が聞こえて来た。
何時もの事とスルーしかけたその時、

前方から
一人の男が近づいて来た。

作業着を身に纏った
中年男性の姿が見えた。


何と無く私は立ち止まり、
相手の様子を窺った。

その男は私の存在を気にする事無く、
私をすり抜け、後方へとその姿を消した。


数日後、偶々授業中、教師の口から、
ビルの建設現場で転落事故があった、
という話がでた。

如何やら亡くなったのは、
中年の男性だったらしい。


よく聞く話だが。

転落して亡くなった人は、
(自殺者も含めて)
その瞬間の記憶が無い為、
自らの『死』を自覚出来ないらしい。

あの作業着の中年男性の魂は、
今もなお成仏せず彷徨っている
のだろうか・・・?